合衆国最高機密ファイルFOIA

UFO、陰謀、都市伝説、公開された超機密ファイルを読み解く!

1990年代に行われた“ロズウェル事件”の再調査(パート3:UFO事件として再燃)

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イメージ:エイリアン

 (出典元FOIAファイル

パート2からの続き)

本事象の1947年から現代にかけての展開

 

ラメイ准将による記者会見、および、牧場主ブラゼルの供述は、UFO関連事件としての本事案を効果的に終了させ、いく人かのUFO研究者が、1950年代の文章にそれ(UFO)を思わせる記述が何例かあると主張していたとは言え、そのまま1978年までの時が経過した。その事件の一例がロズウェルであるが、これもUSAFの公式UFO調査であるプロジェクト・ブルーブックや、その前進として1948年~1969年にかけ実施された、プロジェクト・サイン、プロジェクト・グラッジなどでは記述がみられない(上記の実施時期についてシェフ下院議員がは、最初の質問状を提出した時に初めて知る事となった)。

1978年になり、タブロイド新聞紙の一つ「ナショナル・エンクワイアラー」に、元情報将校であるマーセルが、1947年のロズウェル近郊でUFOの残骸を回収したと述べた事を報道する記事が登場する。同78年、UFO研究科の一人、スタントン・フリードマンがマーセルと面会し、マーセルが手にしたものがUFOからの残骸だという主張についての調査を開始した。
同じ様に、ウィリアム・L・ムーアとチャールズ・ベルリッツが、後に「ロズウェル・インシデント」として1980年に刊行される書籍のための調査を開始した。この本には、実際の1947年のロズウェルにおいて、直接でも間接にでもそこで起きたとされる奇妙な出来事を目撃したと自称する複数の人々に、彼らがインタビューを行った事が書かれている。
1978年~1980年にかけて、ドナルド・シュミットやケビン・ランドルらを筆頭とする他のUFO研究家達が、ロズウェルで起きた超常的な出来事について情報を持つとされる人々をさらに発見、インタビューを行ったと発表する。この中には、市民に加えて元軍関係者達が含まれていた。

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さらに、ロバート・スタック司会のTV番組「未解決ミステリー」が、番組一本の中でかなりの時間を割き、ロズウェル事件とされる話題が再燃していることについて扱った。他の多くのTV番組もこれに追従し、最近の数年間は特に盛んであり、この事件についてのTV向けムービーが本夏に公開される予定でもある。
これらの記事、書籍、番組のテーマは、どれも、ロズウェル事件とは本当は宇宙からの乗り物の墜落事件であり、合衆国政府が一般市民に対しその事実を1947年当時から隠ぺいし続け、そのために政府は、情報かく乱、辱しめ、暴力的な脅しなどを使用した、というものだ。そして基本的に、アメリカ空軍がこういった追求の矢面に立たされている。

そこで起きた事、および、当初の新聞が報じたような何かの発見物に関する穏当な描写を通じて、ロズウェル事件は、一部の研究者達や、メディア、最低でも一部のアメリカ市民の見識や意識の中で、(神秘主義ではないにせよ)ある神話的な形態を成してきている。そして今では、ロズウェルに関する主要な複数のストーリーをも生み出している。
例えば、初期の報道では残骸は特定のエリアのみで回収されたことになっている。しかし、この狭い地域で最小限の残骸がみつかったという話は、いまでは、航空機輸送が必要なほど多数の残骸が「デブリ・フィールド」と称されるエリアで発見されたことに変わっているのである。また、スティック、紙素材、テープおよび薄膜フォイルについての簡素だった説明も、上と同様に、象形文字が書かれた奇妙な金属片や光ファイバーに似た素材へと、変貌を遂げている。
こういった最近の話の多くでは、墜落があり残骸が発見されたのは2ヶ所で、2つめの現場において地球外知的生命体の死骸が回収されたのだ、とされる。そして、回収されたエイリアンの数もまちまちである。そしてこれらの主張は、研究者達自身が、残骸回収現場やその日時に関しての厳密な意味での共通認識を持たないという事実により、さらに混乱したものとなっているのである。

そんな中、現場を厳重に封鎖し、住民を遠ざけた上ですべての残骸を回収し、発見した残骸(および死骸)を、さらなる解析と後に行われた公開のため、厳重な警備の下でロズウェルに運んだという事について、継続的に非難されているのはAAFだ。

ロズウェルのAAFに帰還後、上層部への連絡に関しては特別措置が講じられ、回収された素材は解析を行うための場所へ移されることになったと、一般には言われている。これらの場所は、第8航空隊本部が所在するテキサス州フォートワース、おそらくはニューメキシコ州のサンディア基地(現カートランドAFB)、メリーランド州アンドリューAAFなどが含まれ、そして必ず出てくるのがライト・フィールド、つまり現在のライトパターソンAFBである。この最後の場所は、現在では航空技術情報センター(ATIC)として知られている“T-2”、および、米空軍資材司令部(AMC)の所在地であり、そしておそらく現実にも、それがどこから来たか別にしても、由来不明の物質を調査するのに適した場所であったはずだ。
エイリアンの死骸が登場するロズウェルものストーリーの多くもまた、これらがライト・フィールドに運ばれた様子を描いている。これらの回収物や死骸が分析か公表などのために分散されると、陸軍航空軍を筆頭にした政府組織が、軍人には機密保持を誓わせ、他の人物には(命の危険を感じさせるなどの)圧力をかけて、実際に起きたはずの墜落事故と回収物に関する情報隠ぺいのために動き出す。UFO研究家の一部が考える事によれば、この体制が、実は地球外知的生命体は存在するのだという事実を、47年間に亘り米国民の目から隠し通せた理由なのだと言う。また、米国政府が、回収した地球外由来の物体をリバースエンジニアリングすることによって、独占的に、光ファイバーやステルス技術などを享受できたのも、この体制があったからだ、とも言われている。
陸軍航空軍の人物が押し付けてきた、命の危機感、機密保持誓約、および他の種類の圧力を含めたとしても、人々の口を閉ざさせるために、さほどの効果を上げていないのも事実である。数百人におよぶ人々が(何の危害も受けずに)前へ進み出て、このロズウェル事件について知っている事を、非政府系の研究者達やメディアによるインタビューの中で述べたと言われている。

1978年から出始めた、これらの主張に信憑性の基準を与えているものとは、執筆者達の調査が一定の深さと範囲を持っているという点である。とは言え、彼らの示した情報が、事件発生とされた時から長い年月の後に、口述により伝えられたものである事実は、その主張をいくらか弱めるものだ。実際、証言を行った多くの人物は、問題とされる時期にロズウェル近郊に駐留していた、あるいは居住していたものであり、
多くが軍の関与について供述している。しかし多くが、この事件の直後というかなりな過去について語っているのも事実だ。また他の場合には、目撃した本人が他界した後に友人や親類の2人ないしは3人を通じて、その情報が得られている。
このロズウェル事件を調査したり利用したりする上で、特に欠落しているポイントとは、何か超常的な出来事が起きたと主張する人々を支える、あらゆる意味での公式記録や物的証拠である。そして逆の意味で言えば、官僚というものは事件が起きなければ記録作成の労力など割かない事が明らかだとは言え、この件については何の出来事も起きていないと暴露するような、記録上の証拠がこれまで一切出てきていないのである。

 

パート4へ続く)