合衆国最高機密ファイルFOIA

UFO、陰謀、都市伝説、公開された超機密ファイルを読み解く!

1990年代に行われた“ロズウェル事件”の再調査(パート1:発端)

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イメージ:エイリアン

 出典元FOIAファイル

 

ロズウェル事件に関する空軍からの研究レポート
1994年7月

 

 

概要

 

ロズウェル事件”とは、1947年7月に発生したとされ、ニューメキシコ州ロズウェル近郊に墜落した“空飛ぶ円盤”の残骸を、アメリカ陸軍航空軍(AAF)が回収したと考えられる出来事をさす。1994年2月、ニューメキシコ州選出の下院議員による養成を受けた会計検査院(GAO)は、この事象の記録が所在する場所を特定し、関係する記録が適切に取り扱われているか確認するための監査を開始した。
GAOによるこの作業は、複数の政府機関を調査すべきものではあったが、主な関心は空軍へ向けられた。GAOにおける中心的窓口を受け持ったSAF/AAZは、現在の空軍オフィスに加え、記録保管所内にある多くのアーカイブにこの事件を解明する手がかりを求めて、システマティックな調査を開始した。この調査から明らかになったのは、1978~1980年にかかる時期まで、“ロズウェル事件”はUFO現象の一つだと捉えられていなかった事である。その時期以前は、この事件は解決済みとして処理されていたものだ。何故なら、回収された残骸が気象バルーンであったと断定する姿勢を、初期段階においてAAFが示したからである。
そして後に、この残骸は回収された地球外の宇宙船からの物で、さらには、その乗り物に搭乗していたエイリアンの遺体も回収されていた、と主張する書籍が、様々な作家の手により出版さる。この主張は、今日においても拡大を続けていて、この出来事の隠ぺいに関与したという事で、空軍は繰り返し非難を受けている。

これに関する調査では、当時のまま残る空軍オフィスにおいて、UFAFによる隠ぺいや、何かの回収が行われた事を示す記録は何も発見されなかった。だが結果的にこれが、問題とされる年代の記録を収める多くの保管庫での、空軍調査員による調査を活発化させる事になった。ここで再調査された記録には、1947年7月に、追加的な作戦や、保安体制の強化、あらゆる意味の他の活動も存在したという事は示されておらず、非定常的な出来事が発生した様子は見られない。
発見されたこの記録は、包括的に検証がなされ、ソビエト核実験の監視用に設計されたバルーンによる、当時の最高機密プロジェクトモーグルとして知られるものに関する内容である事が分かっている。この結果に加えて、1947年のロズウェルにおける現場で残骸を回収したただ一人存命の人物、あるいは、墜落現場がバルーンによるものだと当初の段階で識別した元隊員など、存命の関係者達を見つけ出しインタビューを行っている。
ここで、進展が見られたり発見された情報を総合的に比較検討した結果からも、ロズウェル近郊で回収された素材はバルーンの部品であり、それまで人目に触れる事のなかったモーグル計画用バルーンの一つからのものとするのが妥当だと思われる。空軍による調査活動からは、エイリアンの遺体や宇宙由来の物資を回収したという記録が出る事はなかった。

 


イントロダクション

 

一般に“ロズウェル事件”として知られるUFO関連の出来事へ空軍部が関与する事の発端は、1994年の1月14日付けワシントンポスト紙である。その記事は、スティーブン・シェフ下院議員が、会計監査局(GAO)に、物議を醸しだしているこの出来事についての調査開始を強く求める意志があると伝えている。
それ以前から、多数の情報公開申請(FOIA)や、“特種飛行物体”に未確認飛行物体(UFOs)を含める議会要請などにたずさわり、空軍省長官事務局(SAF/AAZ)において、安全保障および特殊任務の監視を指揮した経験から、彼は、空軍がこの事案についてのGAO調査のいずれかに、必ず関係するべきだと考えていた。

結局、1994年の1月後半になり、SAF/AAZは、SAF/AAZDという調査および機密解除チームを編成し、本件に関係する公式記録の所在を特定する作業を開始した。
初期段階で彼らが行った調査は、空軍歴史リサーチ局(AFHRA)、アラバマ州マクスウェル空軍基地、、ニューメキシコ州カートランド空軍基地内空軍安全管理局(AFSA)、および、国立公文書館(NARA)に焦点を当てていた。

1994年2月15日、ウィリアム・J・ペリー国防長官に対しGAOは、気象バルーン、飛行物体およびその墜落事件についての政府公式記録を、国防総省DoD)がどう入手し、扱い、また機密管理をしているかについての監査を立ち上げると通達した。この通達は、その後、国防総省査察部長に手渡され、関係各閣僚、および、1994年2月23日のメモに記載された本監査に関係するその他部署に公式に通達された。
このメモランダムは、“GAOは、国防総省が非協力的であるという考えを払拭しきれないため、シフ議員の要求に応える事に躊躇している”事を示している。
これらの書簡が、GAOの目的は、“気象バルーン、および、UFOや外国籍のものを含めた正体不明の飛行体墜落”、そして、1949年(1947と思われる)のニューメキシコ州ロズウェルで発生したとされるUFOの墜落事件に関する事象、そして、国防総省が行ったと言われる隠ぺい工作を再検証する事だと示した、最初の政府公式記録である。

本件に関連を持つと思われるグループによる初回ミーティングは、1994年2月28日、DoD監察官オフィスにおいて開催された。
この会合においては、(場合によっては、他の行政部門も含め)DoD内の記録がいくつか再検証されるるものの、本調査の大部分は空軍内の記録とシステムに関心を置いている事が確認された。この監査には、701034、という公式ナンバーが付与され、“気象バルーン、未確認飛行体、および同類のものの墜落に関する記録管理作業”と命名された。
この公式名称は、広範な意味を表すように見えるものだが、本来の目的が、“ロズウェル事件”についての記録と情報のいずれか、あるいは両方を発見する事にあると誰もが理解していた。
のちに詳細な説明がなされたこの事件は、基本的に、1947年7月のニューメキシコ州ロズウェル近郊において、アメリカ陸軍航空軍(USAAF)が空飛ぶ円盤もしくはエイリアンの搭乗員、あるいはその両方を回収したとの主張がからむものである。
1947年9月にアメリカ空軍(USAF)となった際、空軍はAAFから、装備、人員、記録、方針、および諸手続きを引き継いでいる。そして、本案件に関して言えば、“ロズウェル事件”を隠ぺいし、その後47年間に亘り隠し続けたのではないか、という申し立ての対象は、空軍に引き継がれている。

空軍内部では、空軍省長官付きの監理補佐局が、情報管理手順(SAF/AAI)ならびにセキュリティポリシーと監視(SAF/AAZ)に責任を持っている。こういった組織建てである事から、SAF/AAは、論理的な意味で本監査作業に協力する部門となった。加えて、SAF/AAZは、この任務に関して公式な窓口である。
後日、1994年3月1日になって、当時情報管理補佐を務めていたロバート・J・マコーミック氏は、仮になにか事象が本当に起きていたとすれば、関係記録を所持しているだろう複数の空軍スタッフ、ならびに、関連事務局への指示を記したメモランダムを送っている。

この記録捜索作業は、以下のような理由から意図的に空軍内部に限定されている。
(a)空軍は、他の機関内部の情報を、強制的に捜索するための権利を持たない
(b)監査が行われたとしても、その完全性を検証する手段を、空軍は持たない
(c)この作業のすべては、GAOが責任部署として担うもので、空軍は責任を持たない

GAOが行ったブリーフィングにおいて、本監査は、当然の事ながら、ニューメキシコ州選出下院議員スティーヴン・シフ議員の要請により立ち上げらた事が確認された。
これに先立ち、シフ下院議員は、国防総省議会連絡局に対し“ロズウェル事件”の情報を求める書簡を送っており、その際、情報は、UFOに関する過去のプロジェクトである“ブルーブック計画”のものであり、すでに空軍によってNARAへと引き継がれていると説明を受けていた。

シフ下院議員は、その後NARAから、“ブルーブック”の資料は受け取っているものの、そのレポートにロズウェル事件に関する内容はないと報告を受けた。DoDからの妨害工作が合った、と明らかに感じ取ったシフ下院議員は、本レポートの情報監査を要求する事となった。

 

パート2に続く)